ゴミ袋の口を縛った瞬間に手が止まって、そのまま袋を開け直したことがあります。中身は母の割れた湯呑みでした。
先に言っておきます。遺品が捨てられないのは、あなたが優柔不断だからではありません。捨てていいと決める人が、自分しかいないからです。
私は母を見送ったあと、実家の物を1年動かせませんでした。片道4時間の実家へ月に一度通っては、何も減らさずに帰ってきました。
この記事では、罪悪感が出る仕組みと、私が引いた3本の線、それから買取に出した実額まで書きます。
今日、物を捨てる必要はありません。残す箱を1つ決めるところまでで十分です。
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遺品が捨てられないのは薄情だからではない

まず、自分を責めるのをやめるところからです。手が止まる理由には、ちゃんと形があります。
3つとも私に当てはまりました。1つずつ書きます。
捨てると決める人が自分しかいない
物を買うときは自分で決めています。捨てるときも自分で決めます。ここまでは普通の話です。
遺品だけが違います。持ち主に「もういらないよ」と言ってもらえないまま、こちらが勝手に判断することになるからです。
許可が取れない相手の物を処分する。これはかなり重い作業です。手が止まって当たり前なんです。
だから兄弟に「もう捨てちゃえば」と言われると腹が立ちます。決める重さを背負っていない人の言葉だから刺さるんですね。
物を減らすと親を消す気がする
母の湯呑みを捨てたら、母がお茶を飲んでいた光景まで消える気がしました。理屈では違うと分かっています。
実際には、物と記憶は別のところに置いてあります。捨てても記憶は減りませんでした。
ただ、これは全部終わってから分かったことです。渦中にいる間は、物が減るのがそのまま親が遠ざかるように感じます。
この感覚を「気のせいだ」と処理しようとすると、余計に動けなくなります。感じるものは感じたままでいいです。
判断する体力がもう残っていない
忘れられがちなのがこれです。遺品整理は、1つの物につき1回の判断を求めてきます。
押し入れ1つ分でも、判断の回数は数百回になります。介護と葬儀と手続きで消耗しきった人には、その回数がもう無理なんです。
私の場合、母を見送ったあとに死亡届から年金の停止まで走り続けていました。実家に着く頃には、判断する側の電池が切れていました。
けんじ気力の問題ではなく、単に残量の問題でした
ここを取り違えると、自分の性格の欠陥だと思い込みます。違います。判断の回数が多すぎるだけです。
母の物を1年動かせなかった私の話


ここから私の話です。うまくやれた話ではないので、失敗のほうを多めに書きます。
母を看取ったのが冬で、実家の片付けを本気で始めたのは一周忌のあとでした。1年以上、家はそのままです。
気持ちの問題だけではありませんでした。弟と遺産分割で揉めていて、実家の名義が母のままだったので、そもそも売れなかったんです。
この「動けない理由が2つある」状態が、じつはいちばん厄介でした。手続きが止まっている言い訳で、気持ちのほうも先送りできてしまうからです。
弟とは介護の頃から溝がありました。3年の介護をほとんど一人で回した時期の不満を口に出さないまま相続の話に入ったので、1年口をきかなくなりました。
仏壇をどっちが引き取るかで押し付け合ったのも、その時期です。今思うと、お互い物ではなく責任を押し付け合っていました。
片道4時間なので、実家に行けるのは月に一度でした。行くたびに押し入れを開けて、閉めて、コンビニの弁当を食べて帰ってきます。
3回目くらいで作戦を変えました。迷った物は全部残す、と決めて自宅へ送ることにしたんです。
段ボール9箱。宅配便で自宅へ送りました。捨てていないので、あの日は罪悪感がゼロでした。
妻に「これ、どこに置くの」と聞かれて答えられませんでした。9箱は廊下に積まれたまま半年が過ぎます。



結局、そのうち8箱は開けないまま処分しました
1年かけて、場所を変えただけでした。しかも運賃と、廊下が狭かった半年分が余計にかかっています。
ここで学んだのは1つです。「保留」は選択肢ではなく、判断の先送りに名前をつけただけでした。
今も手元にあるのは、位牌と過去帳、それと段ボール1箱です。写真アルバム3冊、母の手帳、鏡台の手鏡、エプロン。それだけです。
いちばん最後まで残ったのが写真でした。写真だけ手が止まるという人は、写真に絞って行き先を並べた記事のほうが早く動けると思います。
9箱が1箱になるまで1年半かかりました。最初から1箱と決めていれば、半分の時間で済んだと思います。
罪悪感を減らすために私が引いた3本の線


9箱で失敗したあと、自分用のルールを3つ作りました。感情を消す方法ではなく、感情があっても手が動く形にする方法です。
どれも特別な方法ではありません。ただ、順番と数量を先に決めておくところが要です。
その前に1つだけ。通帳・印鑑・権利書・保険証券・現金だけは、線を引く前に別の袋へ抜いてください。
手が止まっている人ほど、あとでまとめて処分するときに大事な物を一緒に流してしまいます。私は母の保険証券を、処分予定の紙袋の底で見つけました。
残す物は箱1つに収まる量だけ
捨てる物を選ぶのではなく、残す物を選びます。この向きが逆になると、いつまでも終わりません。
先に箱を1つ用意して、そこに入る分だけ残すと決めます。箱が埋まったら、次に何かを入れるには何かを出す必要が出てきます。
この「入れ替え」が効きます。捨てるかどうかではなく、どちらが大事かの比較に変わるからです。
比較なら人は決められます。ゼロか100かの判断より、はるかに楽です。
箱の大きさは、自宅で置き場所が決まるサイズにしてください。私は廊下に9箱積んで、置き場所のない保管は保管でないと知りました。
迷った物は写真に撮ってから手放す
よく言われる方法です。私も最初は気休めだと思っていました。
やってみると、効き方が想像と違いました。写真が思い出になるのではなく、「ちゃんと見た」という記録が残るのが効きます。
罪悪感の芯にあるのは、雑に扱ってしまったという感覚です。1枚撮る手間が、雑に扱っていない証拠になります。
母の茶碗は、両手で持って明るいところで撮りました。撮り終えたら、不思議と箱に入れられました。
あとで見返すことはほとんどありません。それでいいと思っています。撮る行為のほうに意味がありました。
捨てるのではなく送り先を決める
「捨てる」という言葉が、そもそも重すぎます。使わないほうが手は動きます。
私は物を4つに分けました。残す、売る、譲る、供養して処分する。ゴミという分類を消しました。
- 残す:箱1つに入る分
- 売る:値がつく可能性がある物
- 譲る:使ってくれる人がいる物
- 供養して処分:人形・仏具・写真など
同じ物を手放していても、行き先に名前があると気持ちが違いました。ここは自分でも意外だったところです。
母の着物は近所の方が1枚もらってくれました。それだけで、残り全部を手放すことへの抵抗がだいぶ下がりました。
いちばん困ったのは、着物でも骨董でもなく普段着です。量がいちばん多くて、値はほとんどつきません。
食器やタオル、使いかけの化粧品も同じです。ここで1枚ずつ迷い始めると、その日は何も終わりません。
私は衣類を「1枚だけ残す」と決めました。残したのは母のエプロンです。あとは全部手放しました。
種類ごとに残す数を先に決めてしまうと、1枚ずつの判断がなくなります。服は1枚、食器は1つ、という決め方です。
売れる物より、売れない物のほうが捨てられない


ここが、どこの記事にも書いていなかったところです。私は買取に出して初めて気づきました。
金額は実際に出た査定額です。がっかりした数字もそのまま書きます。
「高かったのよ」の油絵は6千円
母がデパートの美術展で買った、現代作家の油絵です。「あれは高かったのよ」が口癖でした。
査定は6,000円。金額を聞いたとき、母に申し訳ないような、笑ってしまうような、変な気持ちになりました。
ただ、この6,000円で手放せたのは事実です。値段がついた物は、驚くほどあっさり手放せます。
誰かが値段をつけた瞬間に、判断が自分ひとりのものでなくなるからだと思います。決める重さが半分になる感覚でした。
押し入れの壺に22,000円がついた
逆のこともありました。押し入れに新聞紙にくるんで転がっていた青磁の壺が、22,000円です。
居間に飾ってあった木版画が18,000円、母の茶道具は一式まとめて5,000円でした。全部で55,000円ほどです。
大事にしていた物ほど安く、無造作な物に値がつきました。この業界ではよくある話だと、査定の人にも言われました。
だから、自分の目で「これは価値がない」と決めて先に捨てないでください。捨ててから知ると、罪悪感がもう一段増えます。
値がつかない2本が最後に残った
床の間の掛け軸は3本ありました。値がついたのは1本だけで4,000円。あとの2本はゼロです。
日本画の色紙も数点、値がつきませんでした。そしてこの「ゼロ」の物が、いちばん長く実家に残りました。
売れる物は買取業者が持っていってくれます。譲れる物は誰かが受け取ります。行き先がない物だけが、最後まで自分の手に残ります。
遺品整理で本当に手が止まるのは、高価な物ではありません。値段のつかない、でも捨てにくい物です。
掛け軸の2本は、最終的に業者に供養処分でお願いしました。ここは自分ひとりでは決めきれなかったところです。
手が止まったまま日程が迫っているとき


売却や退去の日が決まっている人向けです。期限がない人は、この章は飛ばしてもらって構いません。
私が実家じまいで使った金額は150万円以上でした。ただ、これは一軒家まるごとの片付けと処分に、名義変更や墓の始末まで含めた総額です。
部屋の片付けだけなら金額の桁が違います。この150万円を遺品整理の相場だと思わないでください。間取り別の費用の目安は別記事に表で載せています。
一人でやると期限に間に合わない
遠方だと、作業できるのは行った日だけです。月1回しか行けないなら、実働は年12日しかありません。
私は12日で1軒分を片付けられると思っていました。実際には押し入れ2つで1日が終わります。
賃貸の退去で1か月しかない人は、逆に毎日通える分だけ条件がいいです。それでも、家財の搬出と処分は自力だと日程が読めません。
期限が1か月を切っているなら、見積もりだけは今週中に取ってください。業者の予定も埋まります。
自分でやるか業者に頼むかは、気持ちより先に日数で決めたほうがいいです。3社の見積もりを取ったうえで私が使った判断基準を別記事にまとめています。
仕分けから頼めることを知らなかった
私は長いこと、業者に頼む=全部まとめて持っていかれる、だと思っていました。それが嫌で頼めなかったんです。
実際は、立ち会って仕分けだけ一緒にやってもらう頼み方ができる会社があります。残す物はこちらが指さして抜いていく形です。
ただ、どこでもできるわけではありません。立ち会いの時間で料金が変わる会社もあるので、見積もりのときに「仕分けから立ち会いたい」と伝えて確認してください。
この形にすると、判断の回数は変わらないのに、体力の消耗が全然違いました。運ぶ作業がなくなるだけで人は決められます。
私は3社から見積もりを取りました。マッチングサイトのみんなの遺品整理で複数社を比べた記録と、各社の比較は遺品整理業者のランキングにまとめてあります。
最終的に依頼したのは、相見積もりで見つけた地元の業者でした。3社のうち1社に決めたわけではありません。
供養が要る物は業者経由で出せる
人形、仏具、写真、位牌。この4つは、自分でゴミに出せる人のほうが少ないと思います。
遺品整理業者の多くが、提携寺院での合同供養やお焚き上げを扱っています。私は値のつかなかった掛け軸2本と色紙をここに回しました。
ここで誤解しやすいのが料金です。供養は基本の作業費に含まれず、別料金になることが多いです。点数で決まる会社と、まとめて一式の会社があります。
仏壇は別扱いにしました。一周忌のあと、菩提寺がないのでよりそうのお坊さん便で閉眼供養を頼み、お布施は50,000円です。
本体は業者の回収と一緒に処分し、位牌と過去帳だけ自宅へ持ち帰りました。今はリビングの小さな棚に置いています。
供養の有無は見積書に出ないことがあります。「供養が必要な物があります」と最初の電話で伝えてください。あとから追加になると金額が動きます。
相場だけ先に知りたい段階なら、私が見積もりを取った1社の遺品整理110番で相談してみるのが早いです。相談窓口が加盟店へ見積もり依頼を取り次ぐ形で、窓口の利用料は無料だと利用規約に明記されています。
ここは正直に書きます。私はこの会社には依頼しませんでした。紹介される加盟店によって対応に差が出るところがあって、私のケースでは地元業者のほうが合っていたからです。
それでも、金額の目安を1社分だけでも持っておくと、他社の見積もりが高いか安いか分かります。まずは1社で構いません。
遺品が捨てられないときのよくある質問


- 遺品を捨てるのは親不孝になりますか?
-
なりません。物を残すことと親を大切にすることは、別のことです。私は母の物をほとんど手放しましたが、母を思い出す回数は減っていません。むしろ、片付かない実家に行くのが憂うつだった頃のほうが、母のことを避けていました。
- 遺品整理はいつから始めるのが普通ですか?
-
決まりはありません。四十九日や一周忌が区切りにされることが多いです。ただ、賃貸の退去日や家の売却日が決まっている場合は、そちらの期限が優先になります。気持ちの準備ができるのを待っていると間に合いません。
- 全部残しておくのはだめですか?
-
置き場所と維持費が確保できるなら問題ありません。私は段ボール9箱を自宅へ送って廊下に半年積み、結局8箱を開けずに処分しました。置き場所が決まっていない保管は、保管ではなく先送りになります。
- 母の服がどうしても捨てられません。
-
衣類は量がいちばん多くて、値もほとんどつきません。1枚ずつ迷うと終わらないので、先に「何枚残すか」を決めてしまってください。私は母のエプロンを1枚だけ残しました。よく着ていた1枚を写真に撮ってから手放すと、区切りがつきやすいです。
- 写真やアルバムはどうすればいいですか?
-
私はアルバム3冊だけ残しました。全部は残せないので、故人が写っているものと、家族が集まっているものを優先しています。残さない分は、遺品整理業者の合同供養やお焚き上げに回せます。自治体の分別や供養の実額までは写真とアルバムの処分を品目別にまとめた記事に書きました。
- 人形や仏具を普通のゴミに出していいのでしょうか?
-
法律上は自治体の分別に従えば出せます。ただ、抵抗があるなら無理に出さないほうがいいです。遺品整理業者の多くが提携寺院での合同供養やお焚き上げを扱っています。見積もりの段階で「供養が必要な物がある」と伝えてください。
- 兄弟と意見が割れたらどうしますか?
-
捨てるかどうかで議論すると平行線になります。うちは仏壇の引き取りで押し付け合いました。物ごとに「引き取る人が決める」というルールにすると進みます。誰も引き取らない物は、その場で行き先を決めてしまうのが早いです。
- 価値があるかどうか分からない物はどうしますか?
-
自分で判断せず、買取査定に出してください。私の場合、母が高価だと言っていた油絵が6,000円で、押し入れに転がっていた壺が22,000円でした。先に捨ててから価値を知ると、後悔がもう一段増えます。
まとめ:今日は残す箱を1つ決めるだけでいい


遺品が捨てられないのは、あなたが冷たくないからです。捨てられる人のほうが、私には不思議に見えます。
この記事の要点をまとめます。
- 手が止まるのは判断の重さと回数のせい
- 捨てる物でなく残す物を箱1つ分選ぶ
- 迷ったら写真を撮ってから手放す
- 値がつかない物が最後まで残る
- 供養が要る物は見積もり前に伝える
私は1年半かけて9箱を1箱にしました。遠回りでしたが、あの1年がなければ手放せなかったとも思っています。
今も、母の茶碗を1つくらい残しておけばよかったかな、と思うことがあります。この気持ちは、たぶんずっと消えません。
今日やることは、物を捨てることではありません。残す箱を1つ用意するところまでです。そこから先は、来週の自分に任せて大丈夫です。






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